内容を伴わない自己肯定感なんて育てるだけムダ
やっぱりね。
嘘はイカンと思うのですよ。
「お友達にやさしくできましたね~~!スゴイスゴイ!」とか
「先生のお話ちゃんと聞けましたね~~~!スゴイスゴイ!」とか
やたらめったら褒める親がいるんですよね。
なんでも褒めて自己肯定感を伸ばそう!みたいな。
自己肯定感が育てばコッチノモンよね!みたいな魂胆が見え見えのヤツ。
あれね、ちょっと思うのは、
特 に す ご く な い んですよね…。
例えばご飯食べるのが苦手な子が、今日は全部完食しよう!って目標を立てたとして、それで全部食べたら、「すごいね、がんばったね!」これでいいと思うのですが
人にやさしくするのも、
目上の人の話をちゃんと聞くのも、当たり前のことじゃね…?
って思うから、そういうことまで褒めてると、
わっ けわっっっからん!ことになるんです。
たとえばね、「先生の話を聞く俺、すごい」っていう価値観が植え付けられると、
体調が悪いときとか、そんなに頑張りたくない気分のときは、
「まあいいや~」ってなって、
平然と先生のことをナメてかかるようになるんですね。
人間、そんなに常時頑張れないわけなので。
同じように「友達にやさしくする私、すごい」っていう価値観が植え付けられると
常に「優しくしてさしあげてるあたくし」モードで人と接するわけなので
それはまあ上から目線のいけすかない女に育つわけです。
ちょっとご機嫌がわるければ「あ~ら、優しくしてあげないわよ?」という悪魔のいじめっ子に成長して行くわけです。どこのアントワネットだよ!ってなるんです。
こういうタイプの子って、小学生のうちは優等生に育つパターンも多いのですが
親の価値観が「〇〇したら、すごい」の ”たられば思考” なので
常に結果を求められ、疲れてきて、中学あたりになると一気にアンコントローラブルな状態に突入していってるなあと感じています。
親に隠し事をするか、「僕はもう結果にはこだわりませんので放っておいてください」という超絶反抗期に入る。
周りが努力して自分を追い越していくことも認められないのでいじめをする。
ゲームや遊びに没頭しても「別に俺すごくなくていいです」という看板を掲げて勉強も部活もさぼりまくる。最悪引きこもる。
でも、これって、親が悪いじゃん!と私は思いますけどね。
誰しもね、我が子に自己肯定感は持ってほしいと思うと思いますよ。
でも、自己肯定感なんて、挫折と立ち直りの先にしかないんですよね。
日々、とにかく(苦労もせずに)ほめよう!伸ばそう!みたいな下心があると
すごいと思わせてはいけないことまで褒めるようになるんですよね。
私は子育てって、親の価値観の伝達だと思っているので
物事の善悪はしっかりと教えなきゃいけないと思うんです。
隣の人はできて当たり前のことが、うちの子にはできないかもしれない。
でも、「隣の子ができないことができたうちの子」をほめる親は失敗します。
「隣の子にできたことができなくてもいい、頑張ったらそれでいい」と伝えられる親こそが、自己肯定感の芽を育てられると思うのです。